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東京地方裁判所 平成10年(ワ)456号 判決 1999年8月26日

原告

甲野太郎

右訴訟代理人弁護士

西込明彦

渡邉俊太郎

被告

○○勝栄会

右代表者会長

丁谷三郎

右訴訟代理人弁護士

柴谷晃

岩丸豊紀

光廣真理恵

右訴訟復代理人弁護士

久米智昭

被告

△△こと乙野一郎

右訴訟代理人弁護士

小山久子

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告○○勝栄会は、原告に対し、二五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告△△こと乙野一郎は、原告に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

本件は、被告らが被保険者を甲野二郎(以下「二郎」という。)とする団体定期保険等三口に加入するに当たって、同人との間で同人が死亡した場合には保険金をその相続人に支払う旨の合意をするなどしたところ、二郎が平成九年三月一三日に死亡したとして、同人の相続人である原告が被告らに対し、右合意等に基づき、被告らにおいて保険会社から受領した保険金の支払を求めた事案である。

一  前提となる事実(証拠を摘示した事実以外は、当事者間に争いのない事実である。)

1  被告△△こと乙野一郎(以下「被告乙野」という。)は、水道、土木及び建築工事を主たる業務とする事業者であり、株式会社○○(旧商号・○○工業株式会社)の下請業者である。

二郎は、昭和五〇年四月一日から平成九年三月一三日まで被告乙野の従業員として勤務していた(乙ハ二、三、一三)。

2  被告○○勝栄会(旧名称・○○工業協力会)は、株式会社○○内にあり、同社の下請業者及びその従業員の福利厚生等を目的とした任意団体であり、その団体活動から生じた債務の引き当てに供し得るように、団体構成員から独立して管理されている独自の財産を有し、代表者の定めも有している権利能力なき社団である。

3  被告○○勝栄会は、日本生命保険相互会社(以下「日本生命」という。)との間で、昭和五六年二月一日、左記内容の生命保険契約を締結した(以下「本件保険契約(日本生命分)」という。)。

(一) 受取人 被告○○勝栄会

(二) 保険の種類 団体定期保険

(三) 証券番号 九三一―五五二一五

(四) 保険金額 一五〇〇万円  4 被告○○勝栄会は、千代田生命保険相互会社(以下「千代田生命」という。)との間で、平成七年七月一日左記内容の生命保険契約を締結した(以下「本件保険契約(千代田生命分)」という。)。

(一) 受取人 被告○○勝栄会

(二) 保険の種類 団体定期保険

(三) 団体番号 〇一七八五四七

(四) 保険金額 一〇〇〇万円

5  被告乙野は、第一生命保険相互会社(以下「第一生命」という。)との間で、昭和五九年七月、二郎の死亡を原因として五〇〇万円の保険金を受け取る内容の定期保険契約(証券番号・八四〇七組一一二九二〇―二)を締結した(以下「本件保険契約(第一生命分)」という。なお、本件保険契約(日本生命分)(千代田生命分)と併せて「本件各保険契約」という。)。

6  二郎は、平成九年三月一三日に死亡した。

7  被告○○勝栄会は、二郎の死亡に伴い、第3項及び第4項の各保険契約に基づき、平成九年九月二日、保険金として日本生命から少なくとも一八五〇万円を、千代田生命から一〇〇〇万円をそれぞれ受け取った。

被告乙野は、二郎の死亡に伴い、第5項の保険契約に基づき、平成九年八月ころ保険金として第一生命から五〇〇万円を受け取った。

8  原告は、二郎の兄であり、原告以外の相続人は相続放棄をした(甲四ないし一三)。

9  丙川花子(以下「花子」という。)は、二郎の内縁の妻の立場にあるとして、被告らとの間で、平成九年七月ころ第7項の保険金の配分について、被告乙野が一七五〇万円を、花子が一二五〇万円を受け取る旨の合意をした(乙イ三)。

被告○○勝栄会は、被告乙野に対し、平成九年九月一一日保険金合計二八五〇万円を支払った。その後、被告乙野は右合意に基づき、その一部である一二五〇万円を花子に支払った(乙イ四)。

二  争点

被告らは、原告に対し、本件各保険契約の締結に当たってされた二郎との合意等に基づき、各保険会社から受領した保険金の支払義務を負うか。

三  原告の主張

本件各保険契約は、いずれも従業員を対象として、企業が一括で加入し、保険料を負担すると共に、保険金受取人になるという内容の生命保険契約である。そして、このように第三者である企業が従業員の死亡を原因として保険金を受け取ることが正当化されるのは、当該保険金が死亡した従業員の福利厚生及びその遺族のために使用されるからに他ならない。

他人の死亡により保険金の支払がされる保険契約を締結するには、その他人の同意が必要とされるところ(商法六七四条一項)、二郎としては保険金が自己の相続人のために使用されるものであればこそ、これに同意したものというべきである。本件各保険契約の一件書類によれば、被告らは二郎に対し、本件各保険契約に基づく保険金全額をその相続人に対して支払うことを約していたか、あるいは、その旨の弔慰金規定を有していたものと認められる。

また、従業員の死亡を原因として企業が利得することは当該従業員の同意があったとしても、その反社会性から法の許容するところではなく、いずれにせよ本件各保険契約に基づく保険金を被告乙野において取得することは、許されないというべきである。

なお、二郎と花子が内縁関係にあった事実はないが、仮にそのような事実があったとしても、本件各保険契約に基づく保険金は実質的には退職金の性格を有するものであり、内縁の妻には法定相続権はなく、したがって花子が被告らに対し、本件各保険契約に基づく保険金請求権を有することはない。また、仮に花子が内縁の妻として右保険金請求権を有するとしても、原告が二郎の相続人(遺族)であることは前記のとおりであるから、花子の同意により原告の被告らに対する保険金支払請求権が喪失させられる法的根拠はないというべきである。

以上によれば、被告らは原告に対し、被告らと二郎との合意等に基づき、本件各保険契約により各保険会社から受領した保険金を支払うべき義務がある。

四  被告らの主張

(被告○○勝栄会)

本件保険契約(日本生命分、千代田生命分)は、事業主、従業員及びその遺族の福利厚生を目的として被告○○勝栄会が各保険会社との間で自主的に締結したものであり、同被告には、受領した保険金全額を遺族に支払う旨の弔慰金規定は存在しないし、二郎ら従業員に対して、保険金全額を遺族に支払う旨を約した事実もない。したがって、その使途は被告○○勝栄会の裁量に委ねられており、同被告の判断で事業主及び亡従業員の遺族の中で相当と判断する者に対して保険金を給付すれば足りるものというべきである。

ところで、被告○○勝栄会の会員は、小規模の事業主であるため、貴重な労働力を失うことによって、事業主自体も経済的損失を被ることになる。殊に、二郎は被告乙野の従業員の中で最も技術的に高い能力を有する優秀な職人であったため、同被告も相当な経済的損失を被った。したがって、被告○○勝栄会が受け取った保険金は二郎の遺族と被告乙野の双方が分配するのが適当である。右の遺族に内縁の配偶者が含まれることについては異論はないところ、二郎と花子は、昭和六〇年ころから内縁関係にあったものである。したがって、被告○○勝栄会において、二郎の遺族のうちでは内縁の妻である花子が保険金の受領者として適格者であり、最終的な保険金の分配額を同人と被告乙野との話合いに委ねたことは極めて妥当である。なお、配偶者とその他の法定相続人がいる場合、そのいずれもが保険金受領権を有する訳ではない。例えば、遺族年金では、給付を受けることが相当と考えられる順に順位が定められており、第一順位の受給権者である配偶者(内縁の妻を含む。)は他の法定相続人がいる場合でも、給付金の全額を取得することができるのであって、他の法定相続人が配偶者と共に割合的な受給権を有するものではない。このことは、本件各保険契約についても同様に考えることができるのである。したがって、花子が本件各保険契約に基づく保険金の支払を受けることについては、全く問題がない。

また、二郎は中学校卒業と同時に出身地である沖縄県を離れて、被告乙野の下で勤務するようになり、同被告は、仕事上の指導のみならず、生活上も二郎の親代わりになって、同人を一人前の職人に育て上げた。したがって、二郎が本件各保険契約に基づく保険金の一部が被告二郎に支払われることを前提に、右各保険契約の締結に同意をしたことは疑う余地がない。また、仮にそうでないとしても、前記のとおり花子が本件各保険契約に基づく保険金の支払を受けることについては、全く問題がない。

また、二郎は中学校卒業と同時に出身地である沖縄県を離れて、被告乙野の下で勤務するようになり、同被告は、仕事上の指導のみならず、生活上も二郎の親代わりになって、同人を一人前の職人に育て上げた。したがって、二郎が本件各保険契約に基づく保険金の一部が被告二郎に支払われることを前提に、右各保険契約の締結に同意をしたことは疑う余地がない。また、仮にそうでないとしても、前記のとおり花子が本件各保険契約に基づく保険金の受領権限を有する以上、当然その処分権限も有するのであるから、同人の承諾の下に被告乙野が保険金の一部を受け取ることは正当である。

(被告乙野)

被告乙野は、本件保険契約(第一生命分)を締結する上で必要とされる被保険者の二郎の同意を得るに当たって、同人に対し、同人の工事現場における作業には危険が伴うことから、事故が発生した場合の傷害や死亡に備えての補償の必要性と一〇年以上の歳月をかけて一人前にした従業員が傷害又は死亡により就労をすることができないようになった場合に事業主である被告乙野が被る損害の補填をする必要性から本件保険契約(第一生命分)を締結するものであることを説明した。二郎は右趣旨を理解した上、右保険契約について同意したのである。このことは、本件保険契約(日本生命分、千代田生命分)についても同様である。

なお、二郎は被告乙野に対し、保険金の一部を内縁の妻である花子の生活保障のために渡して欲しい旨を伝えていた。

花子が二郎の内縁の妻であったことは、二人が昭和五九年ころから東京都荒川区内のアパートに同居していたこと、花子において二郎が死亡した際、喪主を務め、「甲野花子」の名で会葬の礼状を出したこと、花子は二郎の納骨のため、同人の母や原告と共に沖縄県に生き、そこで二郎の妻として甲野家の親族に紹介されたこと、花子は二郎の四九日の法要の後、二郎の母に二〇〇万円を花輪代として渡したことなどから明らかである。

被告乙野は、本件各保険契約の加入の目的及び二郎との合意に基づき、保険金の相当額を取得する権利があるが、仮にそうでないとしても、二郎の遺族として右保険金を取得する権利を有するのは花子だけであるところ、同被告は花子から保険金の一部を譲り受けたものである。

第三  争点に対する判断

一  前記前提となる事実に、証拠(甲一の1ないし12、二の1ないし3、三の1ないし4、一七の1ないし11、一八の1ないし9、二〇、二一の1ないし13、二六、乙イ一ないし四、乙ハ一ないし一三、証人花子、被告乙野本人)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  被告乙野は、昭和三九年八月二〇日から当初は有限会社××興業(以下「××興業」という。)という会社組織により防水業の営業を始めたが、平成三年三月二三日には個人事業に組織替えした。

××興業は、昭和四四年ころ株式会社○○の指定工事店となり、同社及び被告乙野は株式会社○○の指定工事店になって以降は同社からの下請工事のみを受注している。

二郎は、昭和五〇年四月一日に××興業に入社した。

××興業及び被告乙野は、平均して七、八人の職人を雇用しているが、事業を始めて以後約三五年間で三〇人以上の職人が辞めた。しかるに、××興業及び被告乙野は退職金規程等を整備しておらず、辞めた職人に対して退職金を支払ったことは一度もなかった。

被告○○勝栄会(旧名称・○○工業協力会)は、株式会社○○、同社の事業に協力する会員(会員とは協力業者の事業主をいう。)及び準会員(準会員とは協力会社の従業員をいう。)をもって組織されており、株式会社○○の協力業者(下請業者)及びその従業員の福利厚生等を目的とした任意団体である。被告○○勝栄会は、その団体活動から生じた債務の引き当てに供し得るように、団体構成員から独立して管理されている独自の財産を有し、代表者の定めも有している権利能力なき社団である。××興業、被告乙野及び二郎は、被告○○勝栄会の会員あるいは準会員である。

2  被告乙野の営む防水業は、高所作業など危険を伴うものであり、昭和四〇年には、工事現場で大きな事故が発生したこともあった。

××興業の代表者であった被告乙野は、こうした労災事故による補償に備えるため、保険に入ることにし、第一生命との間で、昭和五九年七月本件保険契約(第一生命分)を締結した。右保険契約によれば、保険種類は定期保険、保険金の名称は死亡保険金、高度障害保険金、被保険者は二郎、保険金受取人は××興業(平成四年一二月一八日に契約者及び受取人の名義を被告乙野に変更)、保険期間の始期は昭和五九年八月一日、その終期は昭和六九年(平成六年)七月三一日(ただし、自動更新の約定あり)、保険金額は五〇〇万円とされた。右保険契約の締結に当たっては、昭和五九年七月六日生命保険契約付保に関する規定書が作成され、××興業と二郎がそれぞれ署名押印をした。右規定書には、「1当社(店)は、将来万が一従業員が死亡したことにより当該従業員(職員)に対し死亡退職金又は弔慰金を支払う場合に備えて、従業員(職員)を被保険者とし、当社(店)を保険金受取人とする生命保険契約を生命保険会社と締結することができる。2この生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払いに充当するものとする。3この規定に基づき生命保険契約を締結するに際して当社(店)は、被保険者となる者の同意を確認する。」と記載されていた。なお、右と概ね同内容の生命保険契約付保に関する規定書が平成四年一〇月二二日にも作成され、被告乙野と二郎がそれぞれ署名押印した。

3  被告○○勝栄会の会則には、次の定めがある。

第一六条 勝栄会会員及び準会員は、○○共済会に入会するものとする。但し、第一七条に定める労災保険等に独自に加入している場合は、加入しないことができる。

第一七条 会員は、次の保険事業に加入し協力しなければならない。但し、会員が独自に他の事業主保険等に加入し、○○共済会に加入しない場合は、その書類を会社に提出するものとする。

(1) 省略

(2) 団体定期保険(上積保険)

労災保険のみでは万一の場合、十分な補償が得られないため、自己救済のため個人が加入するものである。

月額一人二〇〇〇円(株式会社○○約一二〇〇円負担)

××興業、被告乙野及び二郎は、○○共済会に入会していた。

被告○○勝栄会と日本生命は、昭和五六年二月一日本件保険契約(日本生命分)を締結した。右保険契約によれば、被保険者は所属員全員(ただし、名誉会長は除く。)、特約種別は団体定期保険災害補償特約、契約申込みの趣旨は弔慰金制度、一人当たりの保険金額は八〇〇万円(後に一五〇〇万円に増額)、被保険者の同意確認の方法は文書による通知とされていた。なお、右保険契約を締結するに当たっては、生命保険付保に関する規定書は作成されていない。

また、被告○○勝栄会と千代田生命は、平成七年七月一日本件保険契約(千代田生命分)を締結した。右保険契約によれば、被保険者は会員及び準会員、保険金額は一律一〇〇万円(後に一〇〇〇万円に増額)、契約申込みの趣旨は弔慰金、被保険者の同意確認の方法は、労働協約、就業規則又は社内規定等並びに文書による通知とされた。なお、右保険契約を締結するに当たっては、生命保険付保に関する規定書は作成されていないが、被告○○勝栄会から「○○勝栄会弔慰金規定」が提出された。右規定には、次の定めがされている。

第一条(目的)

この規定は、勝栄会会員及び準会員の福利厚生制度として実施する弔慰金制度について定める。

第二条(死亡弔慰金)

勝栄会会員及び準会員等が死亡した時は、別表に定める金額を死亡弔慰金として支給する。

第三条(制度の運営)

○○勝栄会は、本制度を円滑かつ安全に運営するため、生命保険会社との間に、団体定期保険を締結する。

第四条(実施期日)

本制度は、平成七年七月一日から実施する。

別表

会員及び準会員 一〇〇〇万円

4  二郎と花子は、昭和五九年から一緒に生活をするようになった。二郎と花子は、結婚式等は挙げなかったものの、花子の実家で同人の両親や兄弟と会食をしたり、被告乙野の下に二人で挨拶にいったり、同僚を数回に分けて家に招いて結婚の披露を行うなどした。

二郎と花子は、昭和六〇年には花子の肩書住所地である東京都荒川区町屋<番地略>に転居した。花子は、パートに出たことはあるものの、専ら二郎の収入で暮らしており、いわゆる専業主婦であった。花子は、二郎と一緒に生活するようになってから、「甲野花子」と名乗ることもしばしばあった。

二郎は、平成九年二月一九日東京都中野区内において道路を横断中交通事故に遭い、同年三月一三日多臓器不全により死亡した。

二郎の葬儀は、東京と出身地である沖縄の両方で行われたが、東京における葬儀の喪主は花子が努めた。花子は、「甲野花子」の名で会葬者に対する礼状を出した。

5  花子と被告らは、平成九年七月ころ、本件各保険契約の保険金合計三〇〇〇万円について被告乙野が一七五〇万円を、花子が一二五〇万円を取得することなどを合意した。なお、右合意に係る合意書は、花子の依頼した金城勇二弁護士が作成した。

第一生命は、被告乙野に対し、平成九年八月ころ本件保険契約(第一生命分)に基づき、保険金として五〇〇万円を支払った。

また、日本生命は、被告○○勝栄会に対し、平成九年九月二日本件保険契約(日本生命分)に基づき、保険金として一八六二万七五〇円(主契約保険金一五〇〇万円、災害保険金三五〇万円、災害入院保険金一二万円七五〇円)を支払った。

さらに、千代田生命は、被告○○勝栄会に対し、平成九年九月二日本件保険契約(千代田生命分)に基づき、保険金として一〇〇〇万円を支払った。

被告○○勝栄会は、平成九年九月一一日被告乙野の預金口座に二八五〇万円を振り込んだ。これを受けて、被告乙野は、平成九年九月一七日前記合意に基づき、花子の代理人である金城勇二弁護士の預金口座に一二五〇万円を振り込んだ。

二  被告○○勝栄会が、原告に対し、本件保険契約(日本生命分)に基づき受領した保険金を支払うべき義務があるかにつき判断する。

原告は、本件各保険契約の一件書類によれば、被告らは二郎に対し、本件各保険契約に基づく保険金全額をその相続人に対して支払うことを約していたか、あるいは、その旨の弔慰金規定を有していたものと認められると主張する。

しかしながら、前記認定事実によれば、被告○○勝栄会が日本生命との間で本件保険契約(日本生命分)を締結したのは団体定期保険について大蔵省の指導がされる以前である昭和五六年のことであって、右保険契約を締結するに当たって、生命保険付保に関する規定書は作成されておらず、その外、右保険契約について、同被告と二郎との間で、右保険契約に基づく保険金を同人の遺族に支払うことを合意したと認めるに足りる的確な証拠はない。

また、右保険契約が締結された当時、被告○○勝栄会が弔慰金規定を設けていたと認めるに足りる的確な証拠もない(同被告において弔慰金規定が実施されるに至ったのは平成七年七月一日からであり、かつ、支給される弔慰金の金額も本件保険契約(千代田生命分)に相当する一〇〇〇万円であった。)。

もとより、本件保険契約(日本生命分)の趣旨からすれば、右保険契約に基づく保険金は二郎の遺族のために用いられることが望ましいことはいうまでもないが、二郎と被告○○勝栄会との合意等を根拠として、原告を含む二郎の遺族から被告○○勝栄会に対し、右保険金の支払を求めることはできないというべきである。

三  被告らが、原告に対し、本件保険契約(第一生命分、千代田生命分)に基づき受領した保険金を支払うべき義務があるかにつき判断する。

1 前記認定のとおり××興業及び被告乙野と二郎は、本件保険契約(第一生命分)を締結するなどに当たって、生命保険付保に関する規定書を二度にわたって作成したこと、右各規定書によれば、右生命保険契約に基づき支払われる保険金の全部又はその相当部分は、退職金又は弔慰金の支払に充当するものとするとされていることからすれば、××興業及び被告乙野と二郎との間で、同人が死亡した場合には、同被告において二郎の遺族に対し、死亡退職金又は弔慰金を支払う旨の雇用契約上の合意がされたものと認めるのが相当である。

また、被告○○勝栄会が千代田生命との間で本件保険契約(千代田生命分)を締結するに当たって、同被告と二郎との間で生命保険付保に関する規定書は作成されなかったものの、同被告には弔慰金規定が存在しており、右規定によれば、○○勝栄会の会員及び準会員等が死亡した時は、一〇〇〇万円を死亡弔慰金として支給する旨定められていたことは前記認定のとおりである。加えて、右弔慰金規定及び被告○○勝栄会の会則によれば、本件保険契約(千代田生命分)は労災保険の上積保険であり、同被告の準会員である下請業者の従業員の福利厚生を目的とすることなどをも考慮すれば、同被告は二郎の遺族に対し、右弔慰金規定に基づき、弔慰金を支払うべき義務があるものと認めるのが相当である。

2  そこで、被告らが保険金を支払うべき二郎の遺族とは具体的に誰を指すかにつき判断する。

本件保険契約(第一生命分)において作成された生命保険付保に関する規定書によれば、死亡退職金等を支給すべき者が誰かについて具体的に触れられていない。

しかるに、前記認定事実によれば、二郎と花子には、社会通念上夫婦共同生活を営む意思とその社会的事実が存在しており、右両名はいわゆる内縁の夫婦関係にあったこと、花子は二郎の収入によって生計を維持していたことがそれぞれ認められるところ、二郎は被告乙野に対し、二郎が死亡した場合には、本件保険契約(第一生命分)に基づく保険金を花子に支払って欲しい旨を話しており、同被告もこれに対して特段異議を述べなかったことなどからすれば(被告乙野本人)、同被告と二郎との間で、右保険契約に基づく保険金は花子に支払う旨の合意がされていたものと認めるのが相当である。

そして、被告乙野が防水業を営むようになってから、退職金規程を設けたことはなく、個別的にもこれまで三〇人以上の職人が辞めたものの、退職金を支払った事例はないこと、同被告が本件保険契約(第一生命分)を締結するに至ったのは、防水事業が危険を伴うものであり、万一従業員に事故があったときの補償に備えるためであったことなどからすれば、生命保険付保に関する規定書にいう死亡退職金または弔慰金とは賃金の後払いとしての性格を有する退職金ではなく、本人又は遺族の生活保障を目的とするものであるというべきであり、こうした保険契約の趣旨等に照らせば、二郎と被告乙野の客観的に窺われる合理的意思としても、右保険金は花子に支払うことにあったことが認められるのである。

また、本件保険契約(千代田生命分)の締結に当たって、被告○○勝栄会から千代田生命に提出された弔慰金規定も弔慰金を支給すべき者が誰かについて具体的に触れていない。

しかるに、前記説示に加え、被告○○勝栄会と二郎との間には雇用関係があるわけではないことなどからすれば、右弔慰金規定にいう弔慰金とは賃金の後払いとしての性格を有する退職金と同様の性質を有するものではないこと、前記認定のとおり同被告の会則によれば、本件保険契約(千代田生命分)は、労災保険の上積保険であり、当該従業員の収入により生計を維持していた遺族の生活保障を目的として締結されたものと解されること、二郎の死亡原因は交通事故であり、係る場合も右保険契約の給付の対象に含まれるというべきところ、交通死亡事故による損害賠償金の相当部分はその性質上内縁の妻がこれを取得することができないことから)本件においても、相続人である原告がこれを取得している。証人花子)、右保険契約に基づく保険金をもって二郎の収入により生計を維持していた内縁の妻である花子の生活を保障する必要性は労災事故以上に高いものがあることなどに照らせば、右保険契約に基づく保険金も花子に支払うのが相当である。

3  以上によれば、原告は被告らに対し、本件保険契約(第一生命分、千代田生命分)についても、被告らが受領した保険金の支払を請求することはできないというべきである。

四  なお、原告は本件各保険契約に基づく保険金の相当部分を被告乙野が受領していることの不当性を指摘するが、右に説示したとおり原告が被告らに対し、右保険金の支払請求権を有すると認めることができない以上、右不当性について論ずる実益はないというべきである。

結局、原告の本訴請求はいずれも理由がない。

(裁判官・志田原信三)

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